北海道スキーツアー 格安の途中過程
見た目は全然変わらなかったのは、言うまでもありません。
ベッドから起きられるようになってからは、もう彼はヘアケアの日々。
最初腕がうまく使えなかったこともあって、毎日私たちは、流しで洗髪を手伝う羽目になりました。
正直言って、忙しい時には、もともと我慢強いほうではない私なんて、切れそうにもなりましたよ。
急変でばたばたしている時も、時間になるとナースコール。
自分用のケープをして洗面台の前にちょこんと座っている彼は、まさにテルテル坊主そのままでした。
それ以外のことでは、本当に看護婦の気持ちも汲んでくれる、優しい患者さんだったんですが。
やっぱり、毛のない人にとって、毛を守ることは、それだけ真剣勝負ってことなのでしょうか。
私たちも、そんな彼の屈折がわかるだけに、髪がないからおざなりにされてるんだと思わせないよう、気も使いました。
忙しいなか、やたらご立派なシャンプーをノミの涙ほど使って、つるつるの頭をなでるのは、むなしいものもありましたが…。
これもまた、精神的援助というものなのでしょう。
それにも増して忘れられない患者さんは、肺がんですでに亡くなっている、四十代の女性です。
彼女は病名を告げられると、化学療法が始まる前に外出して、腰まであった髪を短く切って戻られました。
「どうせ抜けちゃうんだから。
すっぱり切って、がんばるの!」と笑顔を作っていた彼女は、目に涙を浮かべていた。
あの時も私は、この世に神も仏もない、という思いにとらわれたものです。
あきらめていても、彼女にとって脱毛は本当につらかったのでしょう。
脱毛が進むほどに、彼女の表情は暗くなりました。
せめて抜け毛を気づかせまいと、私たちは毎朝ベッドをきれいにするたび、そっと抜け毛を集めたものですが、いつも手鏡を見ていた彼女が、そのことに気づかないわけはなかったと思います。
つらい治療を受けたにもかかわらず、彼女の病状は悪化の一途をたどりました。
そして、だるそうに横になっている彼女を少しでも励まそうと、私は、洗面台で彼女の髪を洗うことにしたのです。
彼女も、私の申し出をとても喜んでくれました。
私も、そのことに救われた気がした。
看護婦としては、とにかくなにかを望んでもらえれば、そこからなにかができる気がします。
それがたとえ、あまり本質的でない、気休めにすぎなかったとしても…。
しかし、その洗髪は、結果的には全く一異目。
いざ髪を洗ったら、残り少ない毛がどんどん抜けて、さらにみじめな状態になってしまったんです。
洗い流すそばから、手の指にからみついた黒髪と、排水溝にたまった髪の塊を、今も私は忘れられません。
自分が取り返しのつかないことをしたようで、いても立ってもいられない気持ちとは、まさにあのことだったと思います。
それでも彼女は、「さっぱりしたわこのところ洗ってなかったから。
本当に、さっぱりしたわ」と、何度も言ってくださいます。
それが、私に対する気遣いだと、痛いほどわかるだけに、私はたまらない思いでした。
これらの洗髪をめぐるけっして明るくない思い出に、また〃死後のアルコール洗髪″の思い出が加わって……。
看護学生時代、ケリー・ハードとゴム便器を間違えるところから出発した私の洗髪は、はなからなにか、ついていないという感じなのです。
しかし最近、仲間の看護婦から聞いた話をきっかけに、少し気分が変わりました。
仲間の看護婦と、洗髪について話をしました彼女は、他の病院から移ってきた人で、私より経験が少し少ないながら、ものすごく仕事ができる看護婦です。
結構怒りっぽくて、しょっちゅう、「ちっくしよう!」「あったまきたぁ?!」とナースステーションで吠えてるのですが、それがちっとも、聞いてていやな気がしない。
はっきりした物言いをしても、けっして嫌われることのない、不思議な人徳を持っています。
夜勤でふと手のあいた時間、私が彼女に、そのアルコール洗髪の一件を話すと、「そう言えば、ここの病棟って、かなり無理してでも患者さんをお風呂に入れたりするけど、ベッド上で洗髪したりはしませんよね。
ケリー・ハードなんて、ほとんど使わないって感じでしょう。
たしかに前の病院のほうが、よくケリーで頭洗ってました」と、彼女。
さらに彼女は、洗髪についての思い出を、いくつか話してくれました。
そのなかで忘れられないのは、白血病で亡くなった女性の話。
「白血病で、小さな子どもを残して亡くなった女の人だったんですけど、最後肺炎で、呼吸器がついてたんですよ。
もうろうとしてることが多かったんですが、結構はっきりしてる時もあって、そんな時は筆談とかで会話もできたんです。
彼女、よく髪を洗ってほしがりました。
でも、そのたび熱が出てたりして、なかなかできなかったんですよ。
でも、ある時、熱がない時を見計らって、ケリー・ハードでさっと髪を洗いました。
〃今日、洗っちやおうね“って言って、さっと」彼女は、いつもの早口で、元気よくつばを飛ばしながら話します。
表情豊かに。
私はそれを見て、長年つきあっている同僚ながら、改めて、〃本当にいい人なんだなあ″と感動したものです。
「で、その女の人は?」と私が聞くと、「亡くなりました髪洗ってからすぐに」と、苦笑いしながら、彼女。
亡くなった時には、きっと、やってあげてよかったという思いと、それで死が早まったんじゃないかという思いで、複雑だったかも…そんなことを思いながら、満足そうに笑っている彼女の顔を、私はしみじみ眺めました。
それからしばらく、ベッド上で洗髪する一番いい方法について話し合ったのですが、お湯をためてシャワーのようにして使える洗髪車などの凝った道具よりも、昔ながらのケリーハードにバケツのお湯のほうが、やりやすいという結論で一致しました。
看護に使うさまざまなグッズも、いろいろ工夫されたものが出ていますが、どれも一長一短で、結局昔から使われているものに帰ることが、少なくないんです。
しかし、どんな方法で洗うにしても、髪が絡まってどうしても取れないほど困ることはありません。
特に長い髪の女性では、一週間程度熱で寝込んでいただけで、うなじの部分の髪が絡まって、後ろ頭に張りついてしまいます。
そう言えば、私が高校生のころ、通学で通っていた池袋の駅にいた浮浪者も、頭の後ろがごわごわだった。
絡んだ髪を洗うたび、私は彼のことを思い出します。
「でも、なにを使って洗うにしても、うなじのところって、やりにくいよね。
汚れがひどいと、ごわごわに固まってるもんなぁ」と私が言うと、「ホント。
ちょんぎっちゃうぞ、と思いますよ。
いらいらして」と彼女がまた早口で答えました。
でもそうしたちょっと投げやりな言葉と裏腹に、ていねいにていねいに髪をときほぐしてゆくのが、彼女の看護なんです。
この夜の彼女の話は、私に本当にいい刺激を与えてくれました。
看護婦はある意味では職人でもあるので、良くも悪くも、自分のやり方にこだわるところがあります。
長く働いていればいるほど、そうなる傾向は強く、私自身、自分がかなり頑固になりつつあることをしばしば反省。
実際、こうした情報交換は、いい刺激になるかりがち。
どんな職業でも、なにかの拍子である業務に対して苦手意識が芽生えてしまうと、なかなかそれを越えられない場合って、あるんじゃないでしょうか。
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